October 20, 2007

特攻隊の真実を伝える

9.11や自爆テロの無法者を
特攻隊と同一視する
アメリカのメディアの無知さには
いまさら驚きはしませんが
せめて日本人は
彼らが、「天皇陛下万歳」だけではなく
父母、そして幼い兄弟や
今後の日本を思って
自らを犠牲にしたこと
そして、靖国神社で家族に会えると信じて
散華していったことを
知っておかねばならないと思います

些か旧聞に属しますが
特攻隊員の母、鳥浜トメさんの
顕彰碑の除幕の記事と
台湾で見た特攻隊員の思い出の記事を
それぞれ『産経』と『台湾の声』から
追記します
ちょっと時期はずれですが…

英霊となった彼らによって
今の日本の繁栄があることを
日本人なら誰一人忘れてはいけないし
そんな彼らがいる靖国神社を
いかなる形でも冒涜することを
許してはならないのです
【怪童】

「鳥浜トメさん顕彰碑」除幕式
2007.10.3 17:39
 太平洋戦争末期、陸軍航空特別攻撃隊(特攻)の基地があった鹿児島県知覧町で食堂を営み、「特攻隊員の母」と慕われた鳥浜トメさん=享年(89)=の功績をたたえる顕彰碑が同町の知覧特攻平和会館前に建立され、3日、除幕式が行われた。トメさんの話をもとに映画を製作し、顕彰碑建立を提案した東京都の石原慎太郎知事(75)も出席、顕彰碑が特攻隊の歴史に関心を深めるきっかけになればと期待を寄せた。

 顕彰碑は高さ2.3メートル、幅1.85メートル。終戦直前の昭和20年5月に撮影され、出撃前の特攻隊員6人とトメさんが笑顔で笑っている写真と、石原知事の「鳥浜トメさんは、折節にこの世に現れ人々を救う菩薩でした」

などと書かれたメッセージが刻まれている。

 除幕式で、戦地へ赴く特攻隊員の姿を描いた映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を制作総指揮し、顕彰碑建立を呼びかけた石原知事は「(日本の若者が)この顕彰碑をきっかけに特攻隊の歴史、事実に関心を持ってほしい」とあいさつ。トメさんの孫の鳥浜明久さん(46)も「多くの人がこの顕彰碑に立ち寄り、愛する人たちを守るためにたくさんの若者が死んでいった事実を知ってほしい」と話した。


【台湾宜蘭飛行場にて】特攻隊員さん達との思い出
正田恵

半世紀経った現在でも、毎年終戦記念日には忘れられない思い出がよみがえります。
第二次大戦の終わり頃、台湾北部東岸の宜蘭飛行場に駐在していた若き陸海軍特攻隊隊員との悲しくも鮮明な思い出です。

格好良い飛行帽、沢山ポケットのついた、だぶだぶの空軍ズボン、その中には何時も肌身はなさず御両親、御兄弟の手紙と写真が入っていました。
首からシルクの真っ白い長いマフラーを巻き、その上からチェーンの付いた懐中時計をかけたその凛々しい雄姿は、当時小学校六年生の私達にとって、憧れの的でした。一生忘れられません。
私の同級生達仲良しグループは、毎月一週間、私の家の二階にある十八畳の日本間で踊りやお琴の習い事をしていました。戦争が激しくなると、いつも兵隊さんの慰問に行っていました。特に、宜蘭飛行場には近かったし、駐在していた海軍特攻隊員は、全員少年飛行士で、歳が近かったこともあり、時間があれば、私的に、それこそ毎日のように遊びにいったものでした。
遊びに行くと、飛行機に乗せてくれたり、特攻隊の歌を一緒に歌ったり、家族の写真を見せてくれたり、そして当時めったにお目にかかれなかった、恩賜のお菓子やめずらしいオレンジジュースをいただいたり、最高に楽しいひと時を過ごしました。
帰りには恩賜のタバコをお土産にもたせてくれたこともありました。最近テレビでみてわかった事ですけど、特攻隊員が出撃する時、一列に並んで、お別れの酒を交わし、タバコを一口吸って飛び立ったそうです。

子供なりに特攻隊の任務を理解はしていたものの、始めの頃は、このような特別な待遇に、只只驚くばかりでした。それから、月日が経ち、特攻隊委員と親しくなってきた頃、戦争もさらに激しさを増し、彼らの本当の使命任務が少しずつわかってきたのでした。
ある日、遊びに行ってみると、昨日まで楽しく語り合って遊んでいた○○さんがいないの
に気が付き、「どうしたの?」、と聞くと、

「昨夜、出撃命令を受けて、今朝飛び立ちました。『とても楽しかった、いろいろありがとう!よろしく』と言っていました。」

このような思いがけない返事に子供の私達は戸惑いました。理解に苦しみ、複雑な悲しい思い出、胸がいっぱいになりました。

終戦が近づくにつれて、頻繁にこんなことが起きるようになり、遊びに行くのも心苦しい毎日が続きました。
ある日、遊びに行った帰りに、
「僕達三人、明日朝八時に出撃命令を受けて飛び立つことになりました。楽しい思い出を沢山ありがとう、明日屋根の上で日の丸の旗を振って見送ってください。」といわれました。
翌日約束の時間に私達は、私の家の二階の屋根に登って、旗を持って待っていました。すると、三機の赤トンボ(当時三式中間練習機を出撃に使っていて、その練習機を赤トンボと呼んでいました。)
が低空飛行で私達の頭上を五回まわって、両翼を左右に力いっぱい振りながら、私達の精一杯の見送りに答えてくれたのでした。まるで、「ありがとう!、さようなら!」と言っているようかのように、
名残惜しそうに、はるか遠く太平洋の空彼方へ飛び去って行きました。
片道のガソリンしか入れもらえず、死に行くその気持ち……私達は目にいっぱい涙を浮かべ、
「行ってらっしゃい、行ってらっしゃい」とありったけの声を振り絞って見送ったのでした。
そして友達と互いに見詰め合ったまましばらく放心状態で言葉にならない気持ちで胸が締め付けられたのを今でもしっかり覚えています。
あの時の光景は脳裏に焼き付いており、あたかも昨日のことの様な気がしてなりません。
戦争も終わりに近づき、街も爆撃を受け、私達も田舎へ疎開することになり、そして特攻隊員達との交流もとだえたのでした。

戦争も終わり、私達家族は疎開から戻ってきました。思い出深い宜蘭飛行場をたずねてみると、とても静かで、荒れ果てた長い滑走路はガランとしていました。人気のない兵舎がぽっつり寂しそうに残っていて、ここから沢山の若い命を戦争へと送り出した事がうそのようで、以前の面影はどこにもありませんでした。
このような自殺同様の行為が当時の使命だったこと、そして若い命を絶たなければならない悲惨な、理不尽な時代があったことなど、今の若者達には遠い昔の話でしかなく、理解しにくい事でしょう。しかし、同時代に生きて、その事実を目の前で見てきた私達にとっては、この事実を語り伝えてゆく使命と責任があるのだと以前からずっと感じておりました。
神様からいただいた、たった一つのかけがえのない命を犠牲にし、理不尽な命令に従い、国の為に死ぬという使命を受け負わされた若者達。命を捨てなければならないことが常識と考えられたあの時代。今でもあの頃のことを思うと、只只空恐ろしく、信じられない気持ちになります。

 日本は今、どっぷりと平和につかっています。戦争を知らない世代がほとんどです。
 時代の移り変わりと共に常識、非常識は多少なりとも変わるものですが、人の情、命の尊さは常に変わらないものです。

 敗戦国の日本が世界のリーダー的存在になった今日、この多くの若い命の犠牲の上に今日の平和と繁栄が築かれていることを私達はけして、忘れてはなりません。
青春の真っ只中、生への希望を断ち切って、我身を爆弾の誘導装置に代え、自ら爆弾となって敵艦、敵機に体当たりする、彼らの決意をどのように想像すればいいのか……
戦後永らく一般国民から、この国難に殉じた英雄と崇められるべき特攻隊委員の実態のほとんどが、忘れられて、真の姿は、わずかな貴族や生存同期生の胸の中にしか存在しないのが現実です。

 今日、人々はこの悲惨な歴史的教訓をしっかり引き継いでゆくべきです。
この若き特攻隊員達から、私は人生で学ぶべき多くのものを与えられたといっても過言ではありません。

 世の中に生を受けたものは、皆それぞれ神から違った能力、才能を授かっています。それをよく使い使命を果たしてこそ、意味のある人生といえるのではないのでしょうか?……

どんな人生であろうと、いただいた命を無駄にしないで、謙虚な心で感謝して生きて行くことが肝要です。

この手記を書き始めた時、思いがけなく、もっとも尊敬しているN氏からお借りした一冊の本、『特攻の海と空』の表紙に「あなたは誰かのために死ぬことができますか?」の見出しに私は深く胸をうたれました。

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