June 27, 2007

マスコミが無視した、沖縄戦死者遺族が総理にお願いした「靖国参拝」

沖縄在住の狼魔人さんからの情報です

6月23日安倍首相が参列して
戦没者追悼式が行われましたが
仲宗根遺族連合会会長が式辞の中で
「首相は靖国神社を参拝して欲しい」と
述べていたとのことです

去年の追悼式でも
仲宗根会長は同じ文言で小泉前首相に
靖国参拝のお願いをしていたそうで
それが小泉前首相の8月15日の靖国参拝を
促したという話もあります

『日経』だけがこれを昨年
清水真人編集委員の署名記事で
報じたようです
(一応追記しておきます)

主要マスコミは去年も今年も
全部これを無視
何を恐れているのでしょうか?

英霊は「靖国で会いましょう」を希望に
日本人と日本の将来のために
散っていったのです
遺族が総理に靖国参拝を願うのは
当然のことですし
それを報じないのは
どう考えてもおかしいです

嬉しかったのは
やはり小生の思いの通り
沖縄の普通の人々は
マトモだったということです

狼魔人さんのブログは
こちらです
「狼魔人日記」
【怪童】


日経の当該記事は
下記の通りです

小泉純一郎の「8・15靖国参拝」の深層(2006/7/19)
2005年10月17日、靖国神社を参拝する小泉首相
 「年に何回行こうが問題にならない。個人の自由だ」。退陣を目前にする首相・小泉純一郎は終戦記念日の8月15日、靖国神社参拝に踏み切る気配を強めている。「ぶれない」が身上の宰相。2001年、自民党総裁選で「8・15参拝」を公約して勝利しながら珍しく迷い、13日に前倒しした。その瞬間から迷走は始まった。政権中枢の人間関係は激しくきしみ、日中関係は冷え切った。5年越しの「8・15参拝」断行となれば、日中関係はもちろん、ポスト小泉にも重大な影響を及ぼすのは間違いない。

 報じられない沖縄県遺族会会長の謝意

 沖縄戦終結から61年目の「慰霊の日」となった6月23日。小泉も出席した沖縄県糸満市の平和記念公園で開いた全戦没者追悼式でハプニングが起きた。


 「小泉首相が就任以来、靖国参拝で慰霊と尊崇の誠を捧げられていることに遺族は謝意を表します」。挨拶で靖国参拝を評価したのは県遺族連合会会長・仲宗根義尚だった。「参拝を続けていただくようお願いします」。前年の前会長の挨拶にこの下りはなかった。小泉は一瞬、追悼式出席への御礼かと戸惑った。靖国参拝への謝意と分かると何度もうなずいた。ほとんど報じられない一件だが、小泉の背中を押した。


 小泉は有権者に直接訴えかけ、支持を得る手法で政権を維持してきた。だからこそ「公約」にはこだわる。前副総裁・山崎拓は「郵政民営化」「自民党をぶっ壊す」「8・15靖国参拝」が政権発足時の3大公約だったと振り返る。長年の持論だった「郵政民営化」は1年前、参院が法案を否決したのに衆院解散・総選挙を断行すると言う異常な執念で押し通した。綿貫民輔、亀井静香、野田聖子ら反小泉勢力に「刺客」を送り込んで党から追い出した。「自民党をぶっ壊す」も半ば以上、現実の事態になった。


 「国債発行30兆円枠」にも固執した。デフレ不況による税収減から2003年度は守れなくなり、民主党代表・菅直人(当時)が国会で追及。小泉は「この程度の約束を守らないのは大したことではない」と失言、ピンチを招いた。それも昨年12月の2006年度予算編成で、景気回復を受けて4年ぶりに復活させた。小泉は財務事務次官・細川興一らに決めゼリフを吐いて見せた。「やればできるんだ」。熱弁ににじむ公約への執着。いよいよ実現していないのは「8・15靖国参拝」だけになった。


 「8・15」を外した小泉はそれでも毎年一度の靖国参拝を欠かしていない。02年は春季例大祭中の4月21日。03年は通常国会召集前の1月14日。04年は元旦の初詣。05年は秋季例大祭中の10月17日。中国の反発を最小限に抑えようとくるくる日時を変え、次第に「私的参拝」と説明するようになり、形式も簡素にした。だが、反発は強まる一方だ。小泉が最初の年に「ぶれた」のを悔やんでいるのは確かだ。


01年、「8・18」から「8・13」へぶれた真相

 小泉が終戦記念日の靖国参拝を目指していた01年8月に時計の針を巻き戻す。


 「日中激突を避けるにはどうすればいいか」。官房長官・福田康夫は前駐中国大使の谷野作太郎に相談した。2人は小学校の同級生。野球で谷野が投手、福田が捕手でバッテリーを組んだ間柄だ。谷野は外務省を動かし、「どうしても参拝するなら終戦記念日をやり過ごし、せめて3日は我慢してほしい」と「後ろ倒しの8・18参拝」を望む中国側の感触をつかんだ。福田は小泉の10月訪中を中国が受け入れることを見返りに、「8・18参拝」での軟着陸に向けて動き出した。


 中国は小泉訪中を受諾した。その際は小泉が盧溝橋の抗日戦争記念館を訪問し、歴史認識をその場で表明するよう提案。「来年は靖国に参拝しないことも明言して欲しい」とも要請してきた。日本側は「参拝見送りなど約束しようがない」と渋ったが、盧溝橋訪問と1995年の村山富市首相談話の線で歴史認識を表明するプランは受け入れた。一連の折衝は正規の外交ルートで進み、小泉にも報告が上がった。


 日本側が最後に出した注文は「8・18参拝の直後に小泉訪中受け入れを公表して欲しい」だった。参拝日時で小泉が公約を曲げて譲歩する代わりに、中国が小泉訪中を受け入れるという外交ディールの担保を明確にし、小泉が国内向けに説明しやすくする狙いだった。ただ、ここで中国側が難色を示した。「訪中は受け入れるが、参拝直後の公表はこちらの国内が持たない」。この情報も小泉の耳には入っていた。


 小泉最側近の政務秘書官・飯島勲は「15日参拝」を確信し、11日の土曜日から休暇に入っていた。10日夜には15日参拝を前提に小泉が何度も手を入れた「首相所感」を最終的に仕上げ、小泉にも「15日参拝」の方針で変わりがないことを念押しし、郷里の長野県に帰っていた。一方、福田は「18日参拝」を前提とした「首相談話」の準備を独自に進めていた。「所感」と「談話」、異なる2種類の文書が存在していた。首相官邸の中枢で全く違う参拝計画が並走していたのだ。


 ここで独自に動き出したのが幹事長だった山崎拓だ。15日参拝による中国の猛反発を懸念し、元幹事長・加藤紘一を誘って土曜日の11日夜、首相公邸に向かった。2人で小泉を説き伏せる決意だった。政権発足後初めて、YKKトリオが顔をそろえた。長時間、参拝見送りを説いた加藤は小泉の決意が固いと見るや、最後は「15日回避」での説得に切り替えた。「後ろ倒しでは15日を挟んで騒動が続き、収拾不能になる。前倒しがいいが、14日では姑息過ぎる」。加藤が勧めたのは「13日参拝」だった。


総裁選へ沈黙守る福田康夫と神経戦

 1人熟考した小泉が「13日参拝」を決断したのは当日だった。仰天した福田はすぐに中国外務省高官に電話で連絡を取った。宿直係だった別の首相秘書官から「官邸内の様子がおかしい」と急報を受けた飯島も長野から自分の車を飛ばしてとんぼ返りするはめになった。午後4時、小泉は靖国へ向かう支度に入り、福田が「首相談話」を発表した。「15日の参拝は差し控え、日を選んで参拝を果たしたい」。後ろ倒しを前提にこしらえた談話をあわててそのまま発表したから、こんな妙な下りが残っていた。


 飯島は13日参拝を福田の策謀だと激怒した。政権を支える両雄は不倶戴天の関係に陥った。福田は「後ろ倒し」を目論んでいたわけだから、13日参拝は寝耳に水だったのだが、もはや修復不能。04年に福田が長官職を投げ出すまで暗闘が続いた。中国は小泉の10月訪中は受け入れたが、「前倒し」では靖国参拝を容認する流れにならず、厳しい批判を浴びせてきた。日中関係の危機管理は可能と小泉に進言した加藤も外務省チャイナ・スクール出身のメンツを失い、官邸とのパイプは途絶する。


 一連の経緯を知る外務省高官は後に小泉にたずねた。「なぜ8・18日参拝−10月訪中のディールで着地させなかったのですか」。小泉は即答した。「中国は俺の訪中受諾をすぐに公表はできないと言ったじゃないか」。こちらが参拝日時で中国の要望通りに譲歩した後で、中国は訪中問題で梯子を外すのではないか――小泉はそんな一抹の疑念に土壇場でこだわったと言うのだ。電撃的な北朝鮮訪問を断行した際のリスクを恐れない思い切りとはまるで違う。中国への警戒感は極めて強い。


 「対中関係は大坂冬の陣、夏の陣だ」。戦国小説を愛する小泉はこんな例え話をした。大坂城にこもった豊臣秀頼と淀君、秀吉以来の側近たち。徳川家康は側近集団に武力制圧を辞さない強硬姿勢で揺さぶる一方、淀君周辺には甘いささやきで油断を誘う分断工作に出た。大坂城は淀君周辺の反家康派と親家康派に割れ、親家康派が次々離反した。中国が公式、非公式の様々なルートで仕掛けてくる情報戦をこれと同じに見立てた小泉は「交渉の窓口を一本化しなければならない」と喝破した。


 中国が野中広務、橋本龍太郎、古賀誠ら自民党親中派の有力者に駆け込み、靖国参拝の反対論を煽るほど、小泉は野中らを徹底的に干してきた。「中国が大国化する中での今後の日中関係を考えると、日本は簡単には中国の言う通りには動かない、と言う局面を作っておいたほうがいいんだ」。小泉はこうも漏らしている。小泉なりの東アジア秩序観もおぼろげながら、うかがえる。もはや靖国参拝は「心の問題」の域をとっくに超え、小泉流「自立的外交」の核心部分になってしまった。


 その小泉流に公然と異を唱え、アジア外交の立て直しを訴える福田。総裁選出馬に関しては依然、沈黙を守り続ける。果たして小泉が「8・15参拝」を敢行しても決起しないのか。小泉は官房長官・安倍晋三を「後継指名」する流れをつくってきた。あえて内外に激震を走らせる参拝に踏み切るとすれば、洞が峠の福田をまるで「出てこい」と挑発する意図にも見える。安倍も出馬表明は8・15以降に先送りした。ポスト小泉政局の底流で小泉と福田の息詰まる神経戦が続いている。(文中敬称略)

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